「早くひげを生やしたい」
「一刻も早く声を低くしたい」
ホルモン療法(テストステロン投与)を目前にした、あるいは始めたばかりの当事者なら、誰もがそう願うものです。
しかし、ここで多くの人が陥る罠があります。
それが「量を増やせば、それだけ早く変化が現れる」という誤解です。
ですがホルモン療法は「短距離走」ではなく、一生続く「マラソン」なんです。
この記事では、医学的な標準値から最新の治療選択肢、そして「なぜ量を増やしてはいけないのか」というリスク管理まで、今の僕たちが知っておくべき知識を徹底解説します。
ホルモン注射の「標準的な量と間隔」を知る
まず、日本国内のガイドラインや一般的なクリニックで採用されている標準的な投与量とスケジュールを整理しましょう。
現在、主流となっているのは「エナント酸テストステロン(商品名:エナルモンデポーなど)」という持続性の製剤です。
- 投与量: 125mg または 250mg
- 間隔: 2週間に1回、あるいは3週間に1回
多くのクリニックでは、最初の数回は「125mgを2週間おき」で様子を見ることが多いです。
これは、急激なホルモン値の変化による体調不良(頭痛、イライラ、肌荒れなど)を避けるためです。
長期持続型(ネビド等)の普及
2006年当時には選択肢に乏しかったのですが、現在は3ヶ月に1回程度の投与で済む「ネビド(ウンデカン酸テストステロン)」などの長期持続型注射を導入するクリニックも増えています。
2週間おきの「通院の負担」や注射直後の「ホルモン値の乱高下」によるメンタルへの影響を抑えられるため、安定した生活を求める当事者に選ばれています。
「たくさん打てばいい」がNGな科学的理由:アロマターゼ(女性化)の恐怖
「量を増やせば、それだけ男らしくなるスピードも上がる」と考える人がいますが、これは医学的に見て非常に危険であり、むしろ逆効果になることさえあります。
テストステロンが「女性ホルモン」に変わる?
男性の体内でも、テストステロンの一部が「アロマターゼ」という酵素によってエストロゲン(女性ホルモン)に変換される現象が知られています。
これを「アロマターゼ化」と呼びます。
適切な投与量であれば問題ありませんが、血中のテストステロン濃度が不自然に高くなりすぎると、この変換反応が活発になる可能性があります。
その結果、胸の張りや違和感といった、望まない副作用を招くリスクが生じるのです。
つまり、早く変化してほしい一心で過剰に注射を打つと結果として体内の女性ホルモン値が上がってしまい肌が柔らかくなったり皮下脂肪がつきやすくなったりと、望まない変化を招く可能性があるのです。
受容体(レセプター)の限界
筋肉や声帯などにある、ホルモンを受け取る「鍵穴(受容体)」の数には限りがあります。
鍵穴がいっぱいになれば、それ以上のホルモンを流し込んでも反応はしません。
溢れた分は肝臓で分解されるか、先ほど述べたように女性化に回るだけです。

僕が実際にホルモン注射を始めたときは、3週間に1回
200mgを投与していました。
特に大きな理由はないんだけど、125mgと250mgの間をとって200mgを選択したという意味の解らない選択をしていました…。
【重要】卵巣摘出後の「ホルモン量」と骨の健康リスク
ここが特に強調したかった、そして多くの人が見落としがちなポイントです。
僕自身も2009年に子宮・卵巣を摘出していますが、術後こそホルモン管理の重要性が増します。
「ホルモン・ゼロ」という一番の危険
卵巣を摘出すると、自ら性ホルモンを作る機能が失われます。
この状態で男性ホルモンの注射を止めてしまうと、体の中の性ホルモンが「ゼロ」に近い状態になります。
すると、急激な更年期障害のような症状(ホットフラッシュ、倦怠感、精神的不安)に襲われるだけでなく「骨粗鬆症(こつそしょうしょう)」のリスクが爆発的に高まります。
男性ホルモンには骨の密度を維持する働きがあるため、注射は「男らしくなるため」だけでなく「自分の骨を守るため」の命綱になるのです。
術後の「適量」はどう変わる?
内性器摘出後は、元々あった女性ホルモンとの「競合」がなくなるため、人によっては以前より少ない量でも十分に体調が安定する場合があります。
逆に、量が多すぎると前述のアロマターゼ(女性化)の影響を受けやすくなることも。
術後は、これまで以上に「血液検査の結果」を重視し、医師と相談して「自分にとっての最小限かつ最適な維持量」を見極めるのが、ベテラン当事者の賢い立ち回りです。



内摘を終わらせた現在は、3週間に1度125mgを投与しているよ
過剰投与が招く「健康リスク」のリアル
無理な投与を続けた人は、40代、50代になった時にその代償を払うことになります。
- 肝機能障害を起こしやすくなる
- 動脈が硬くなる
- 高血圧になりやすい
- 多血症になりやすい
肝機能への負担
ホルモンは肝臓で代謝されます。
過剰な投与は肝数値を悪化させ最悪の場合、治療そのものを中断せざるを得なくなります。
そうなれば、せっかく手に入れた「自分らしい体」を維持することが難しくなります。
多血症(血液がドロドロになるリスク)
男性ホルモンには赤血球を増やす働きがあります。
これが過剰になると、血液の粘度が高まり「多血症」という状態になります。
- リスク: 血栓症、脳梗塞、心筋梗塞
- 現代の常識: 昔よりも血液検査の重要性が強調されています。
ヘモグロビン値やヘマトクリット値が高くなりすぎないよう、医師と相談しながら「自分にとっての適量」を見極めるのが、現代の賢い選択です。
4. 自分にとっての「ベストな間隔」を見極める方法
ホルモンの効き方や代謝のスピードには、驚くほど個人差があります。
筋肉量、活動量、そして年齢によっても変わってきます。
血中濃度の安定が「メンタル」を救う
注射をしてから1週間は元気だけど、次の注射の数日前になると「イライラする」「落ち込む」「体がだるい」
そんな経験はありませんか?
これは、血中のテストステロン濃度が急激に下がってしまう「切れ目」の状態です。
もし「切れ目」が辛い場合は、以下のような調整を医師に相談するのが有効です。
- 量を減らして、間隔を短くする(例:250mgを4週間おき → 125mgを2週間おき)
- 先述した長期持続型(ネビド等)への切り替えを検討する
血液検査数値を「自分の教科書」にする
感覚だけで「足りない気がする」と判断するのは危険です。
トラフ値(次回注射直前の数値)を測ることで、今の間隔が適切かどうかを客観的に判断できます。
2006年頃は「打つだけ」という雰囲気もありましたが、現代のホルモン療法は「数値に基づいたコンディショニング」へと進化しています。
ホルモン注射を打ち続けて思う「焦らないこと」の価値
僕が初めてホルモン注射を打ったのは2006年のことでした。
当時は1ヶ月後の変化が待ち遠しくて、毎日鏡を見てはため息をついていたものです。
しかし戸籍を変え、一人の男性として日常に埋没して生きるようになると「いかに健康に、この治療を細く長く続けていけるか」が最大の関心事になります。
急激に変えた体は、それだけ負担も大きいです。
一方、適切な量でゆっくりと変化した体は周囲にも自分自身にも馴染みやすく、結果として「不自然さのない、安定した男性像」を作ってくれます。
まとめ:あなたの体は、あなただけのもの
ホルモン注射の間隔と量は、誰かと競うものではありません。
「友達は250mg打っているから自分も」ではなく「今の自分が一番体調良く、自分らしく過ごせる量はどれくらいか」を基準にしてください。
- 125mg〜250mgを2〜3週間おきが標準
- 「たくさん打つ=早く変わる」ではない(女性化のリスク!)
- 血液検査で肝臓や血液の健康を常にチェックする
- 長期的な視点で、医師と二人三脚でプランを立てる
無理のない範囲で、健やかな毎日を送るための一助としてこの記事を役立てていただければ嬉しいです。







